つれづれ美術手帖

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狩野元信 狩野派の画風を大成した二代目

 こんばんは、今日は狩野元信について、お話しします。
 

*概要*
生没年 1476-1559年
時 代 室町時代
居住地 京都
分 類 狩野派
特 徴 漢画(水墨画)にやまと絵の技法を取り入れる
代表作 旧大仙院方丈障壁画
その他 正信の子供

    狩野派の画風を大成した人物

 


狩野元信は、正信の子供で、狩野派の二代目です。

土佐派との交流を深めることで、漢画にやまと絵の技法を取り入れ、狩野派の画風を確立させた人物でもあります。

 

 

 

 

*漢画にやまと絵の技法を取り入れた*

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(写真)大仙院方丈障壁画 四季花鳥図(一部) 狩野元信 16世紀 大仙院蔵 需要文化財
水墨画を基調としつつ、花や鳥には絵具が施されています。
もともと漢画といえばもっぱら水墨画でした。
元信はこのように効果的に絵具を使用し、新しい漢画を生み出しました。


また、やまと絵によく見られる雲や霞の表現を取り入れ、新しい水墨表現を試みました。

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(写真)禅宗祖師図 狩野元信 1513年 東京国立博物館
土佐派に娘を嫁に行かせることで友好関係を築こうとした…?という話もあります。

 

 


白衣観音図*

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(写真)白衣観音図 狩野元信  16世紀 ボストン美術館 重要文化財
元信の仏画の最高傑作と言われています。
のちに日本で東京藝術大学を作ったフェノロサは、この作品を見て、日本の芸術の精神性の深さを知ったと言います。
ここでいう、フェノロサの「日本の芸術の精神性」とは、見えるものをそのまま描くのではなく精神的なものを描くという考え方のこと。
明治に起こった廃仏毀釈で、危うくなった本作もフェノロサによって保護され、現在はボストン美術館に収蔵されています。

 

 

 

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それでは、また明日

 

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投稿 2020.05.02

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